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行動理論

理屈が先行する人は、行動を伴えないことが多い。

これはボクの経験則です。

先日、「起業の秘訣ってなんですか?」と相談を持ちかけられ
ました。

ボクが今、こうしているのは流れの延長線上にあるからに過ぎ
ず、一発奮起してとか意識しての行動ではないんですよね。そ
の人にも言ったんですが、要は「ノリ」。この2文字に尽きる。

もちろん相応に苦労した。その理由は「儲かる法則の真実」で
書いたので参照してください。

結局、理論と行動のバランス、もしくは順番なんでしょうね。

理論や理屈は行動するためにある。というのがボクの考え方なの
で、あれこれと本を読み漁り理論を練って精査して、最終的に可
能性の点からなにもしないというのが苦手です。

思春期で告白するのに苦悶する少年じゃないんだからさ、ズバッ
と行けよ。ズバッと。

なんて、理屈に捕らわれる人を見ると考えてしまう。

もちろん、理屈も必要だとは思います。しかしそれは行動を正当
化するため周囲を納得させるのに必要なのであって、布団の中で
悶々とするためのものではありません。ボクにとっては。

動かなければなにも始まらない。

行動なしには恋愛もできないし、友だちもできないし、仕事もで
きないし、お金を稼ぐこともできないし、食べることもできない
ワケです。まずは行動ありき。

「ホラ! おまえ今、息しただろー!」

なんて小学生のようなことまで言いたくなっちゃう。

動く前から可能性うんぬんを考えていてはなにもできません。ど
うしてもそれを知りたいならちょっと動いて様子を探り、その結
果で思いっきり動くか止まるかを決めないと。

つまり、理屈や理論をいくら考えてみても行動にはつながらない。
行動するのに必要なのは可能性よりも勇気です。

そして勇気とは、いかに自分の判断を信じられるかってこと。

ボクは占いや他人のアドバイスよりも自分の判断を信じます。占
いに従って行動したら死んじゃった。なんてあり得ないけど、自
分のバカな判断のせいで死んじゃった。ならありあり。気軽に逝
けます。

このあたりの考え方は「瀕死の男」にも書いてあるので、良かっ
たら読んでみてください。

究極の話、今日の夜に何を食べるとか、来週の日曜はどう過ごす
かの判断だけでも人生に影響がある。いや、影響がないワケない。
ならばどうするかの話です。

もちろんボクも人に話を聞いたり、読書をして知識を仕入れよう
とすることはありますが、そうするのは主に行動を決めた後。つ
まり理論武装するためでなく、行動の一環として相談や読書が存
在する。まずは行動ありき。

ボクは明らかに今ここにいて考えているのだから、事前に自分を
探すヒントなんていらないんですよ。このつたなく、くだらない
現時点のボクこそが常に自分史上最高の答えだから。


同じようなことを言っている人を2人知っています。

1人は仏陀。お釈迦さまですね。この方は弟子に向かって「私の
ことを信じなくてよろしい」と言い放っています。王さまの話も、
偉い教授の話も鵜呑みにしなくていい。ただし自分の判断と照ら
し合わせて、その人の話が本当に信じられるなら命がけで遂行し
なさい。と言っています。

カッコイイ。こんな聖人は痛快ですね。他の教義は知りませんが。

仏陀の話はつい最近SoRAのデザイナー、Nuの家で読んだ本に
書いてありました。もちろん一字一句覚えているワケじゃないの
で、やちき流の要約になっています。

もう1人はドイツの哲学者ショウペン・ハウエル。ブックオフで
タイトルに惹かれて立ち読みしてたら、おもしろいこと書いてる。

さっそく購入しました。タイトルは『読書について』。

読書というのは、他人にものを考えてもらうこと。だから何も考
えず読書に励めば自分の意見を失ってしまう。大切なのは自分の
意見を持った状態で本を読み、不要なものは捨て、必要なものは
自分の意見の裏づけとして血肉にすることだ。

こう考えると、ボクの理論は仏陀→ショウペン・ハウエルに連な
る系譜だと言えますね。

言っているところは「まずは行動ありき」の一点張りですが。


蛇足として、常に自己流の判断をしていると肝っ玉が据わって度
胸が付きます。ココロの筋トレだと思えばOK。

ボクも意識して行動するようにしてこの理屈を身に付けました。
10代の頃はいつもウジウジくよくよして気持ち悪い男だったけど、
今は晩ごはんを決める気軽さで仕事や人生を選べます。それぞれ
に重い・軽いの違いなんてない。

人間に中身があるかどうかは、つまりそういうことなんじゃない
かと。自分を信じて揺らがない人は見ていて気持ちいいもんね。
同じ行動派でも協調性のない頑固一徹はどうかと思うけど、表面
ばかり理論で固められてフタを開けたらスカスカより、よっぽど
いい。

何の行動も取らなくても、何も決めなくても、斃れるときは斃れ
ます。ならば自分の流れに沿って行くのが一番楽しいに決まって
る。「けんじゃ」を「あそびにん」に転職させてもいいじゃない。
| オレ理論 | 15:38 | comments(2) | trackbacks(0) |
コメント
この記事がメチャクチャ感銘を受けていっぱい書いたんですが、突如全部消えてしまって、もう一回書くガッツが消滅したので、土曜日に語ります!!

とにかくすごくためになりました。ありがとうございます!
| nishie | 2007/09/28 1:13 AM |
おおお、この記事長すぎるから誰も読んでないかと
思ってた(笑)。

土曜日楽しみにしてまーす。
| やちき | 2007/09/28 2:43 PM |
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